回転寿司でも高級店でも、当たり前のように使われる「イクラ」という言葉。純粋に日本語の響きを持つように聞こえるが、その正体はロシア語だ。しかもロシアでは「イクラ」は鮭の卵だけを指すのではなく、魚卵全般をまとめて呼ぶ言葉として使われている。この言葉が日本に定着した背景には、日露戦争という歴史の転換点があった。
ロシア語の「икра(イクラ)」は、キャビア(チョウザメの卵)・タラコ・数の子・鮭の卵など、あらゆる魚卵を包括する言葉だ。つまりロシアのレストランで「イクラをください」と注文しても、店員は「どの魚の卵ですか?」と聞き返すことになる。
日本に特定の意味で定着したことで、ロシア語の広い意味が失われ、「鮭の卵をバラした塩漬け」という限定的な指示語になった。言葉が国境を越えるとき、意味が絞られたり変容したりすることは珍しくないが、イクラの場合はその変化がとりわけくっきりしている。
日本ではもともと、鮭の卵は腹の中で卵が卵巣膜に包まれたまま塩漬けにした「筋子(すじこ)」として食べられていた。卵をバラバラにほぐして一粒一粒にする製法は、日本にはなかったものだ。
日露戦争(1904〜1905年)前後、ロシアとの交流が活発になる中で、卵を膜からほぐして塩漬けにするロシア式の製法が伝わった。この製法で作られた鮭の卵は、筋子とは見た目も食感も異なる、つやつやとしたバラ状の食品だった。日本人はこの新しい食べ物に、製法を伝えてきたロシアの言葉をそのまま当てた——それが「イクラ」の日本定着の経緯だ。
卵巣膜ごと塩漬け
卵が膜でつながっている
日本古来の製法
卵を膜からほぐして塩漬け
一粒一粒がバラになっている
ロシアから伝わった製法
「数の子」「タラコ」「明太子」など、日本語の魚卵の名前は基本的に日本語や漢語由来だ。その中でイクラだけが外来語(ロシア語)という点も、食文化の交流の歴史を映している。
今や「イクラ」は日本語として完全に定着し、ロシア語由来だと意識して使う人はほとんどいない。言葉は使われ続けるうちに、出自を忘れてその土地の一部になる。イクラという五文字が、そのことをさりげなく教えてくれる。